マーケターとクリエイターの理想の関係は、目的と目標を共有する“ワンチーム”

広告主、メディア、広告会社、クリエイティブ、アカデミア。それぞれ異なる専門性を持つプロフェッショナル同士の交流と議論を生み出し、分断のない全体最適なマーケティングの実現を目指すBORDERLESS MARKETING COMMUNITY(BMC)。そのコミュニティの会員が一堂に会する定期イベントの第4回が2022年9月15日(木)にオンラインで開催された。

イベントは、各領域の有識者が登壇する「セミナー」と、登壇者と参加者双方向のコミュニケーションを通じて実践的な知見を創出する「ラボ」の二部構成で行われた。本記事では、セミナーの内容の一部をレポートする。

第4回BMCイベントの登壇者

【登壇者】

川村真司氏
Whatever CCO  Creative Director

180 Amsterdam、BBH New York、Wieden&Kennedy New Yorkといった世界各国のクリエイティブエージェンシーでクリエイティブディレクターを歴任。2011年PARTYを設立し、New YorkおよびTaipeiの代表を務めた後、2018年新たにWhateverをスタート。数々のグローバルブランドのキャンペーン企画をはじめ、プロダクトデザイン、テレビ番組開発、ミュージックビデオの演出など活動は多岐にわたる。カンヌ広告祭をはじめとした世界で100以上の賞を受賞し、アメリカの雑誌Creativityの「世界のクリエイター50人」、Fast Company「ビジネス界で最もクリエイティブな100人」、AERA「日本を突破する100人」に選出されている。

兵藤ゆう子氏
株式会社ベネッセコーポレーション 大学・社会人カンパニー
社会人教育事業部 マーケティング課 グループリーダー

新卒でベネッセコーポレーションに入社し、進研ゼミ小学講座のデジタルマーケティングの部署で4年間勤務。運用広告やアフィリエイト広告、YouTubeなどマス広告の上流施策の設計~検証など幅広く従事。その後社内公募制度でUdemyのチームに異動。マーケティング全体戦略・メディアの設計や、CM制作・バイイングを担当。

※モデレーター

平尾喜昭氏
株式会社サイカ 代表取締役社長 CEO

 

クリエイターとマーケターの密連携で、最高強度のクリエイティブが生まれた

今回のセミナーのテーマは「クリエイティブ」。マーケティングの成否を決める要素として、マーケティングに関わる多くの人がその重要性を認識する一方で、課題感も根強いのがこのテーマである。

広告主が訴求したい事柄をとにかく詰め込んだ“全部盛り”の内容になっていて、何が言いたいのか伝わりづらいものになっている。企業や商品・サービスの特長、魅力、メッセージを伝えるのもそこそこに、クリエイターの作家性を前面に押し出した“作品づくり”に終始している。

こうした状況は残念ながら珍しくない。そして、この問題を解決する鍵が、マーケターとクリエイターの“分断”を解消することにあるのではないかというのが、今回のセミナーのメッセージだ。

登壇したのは、世界最大級のオンライン教育プラットフォーム「Udemy(ユーデミー)」の日本におけるマーケティングを推進する、ベネッセコーポレーションの兵藤ゆう子氏と、世界各国のクリエイティブエージェンシーでクリエイティブディレクターを歴任し、現在はクリエイティブスタジオ Whateverのチーフクリエイティブオフィサーを務める川村真司氏。

マーケターとクリエイターがどのように協働すれば、優れたクリエイティブを生み出し、広告をはじめとするマーケティング施策の成果を最大化できるのか。

2021年&2022年にベネッセとWhatever、そして兵藤氏と川村氏が協働して大成功を収めたUdemyのグローバルブランディングキャンペーンを振り返りながら、マーケターとクリエイターの間に存在する“分断”と、それを解消するための方法について議論を交わした。

★ケース紹介
https://whatever.co/ja/work/udemy/

★Udemyグローバルブランディングキャンペーン動画
https://youtu.be/a6nCoJpeUhk

2016年に日本に上陸したUdemyだが、テレビCMを含む本格的なブランディングキャンペーンを展開するのはこれが初めて。Udemy米国本社からの依頼で、Whateverがクリエイティブパートナーに選ばれた。

CMで描いたのは、単なるサービスの紹介ではなく、Udemyで学ぶユーザー自身が秘めている可能性や、Udemyでの学びをきっかけに大きく拓かれていく未来。

日本におけるキャンペーンとしてスタートした企画だったが、最終的には米国と韓国でも展開するグローバルキャンペーンへと発展した。

川村氏は「米UdemyのCMOに企画を提案したところ、『日本だけでなく、他のリージョンでも展開できるほど強度のある企画』と高く評価いただきました。そうして、キャストとコピーライティングを各国に最適化したバージョンを制作し、さらに同じクリエイティブでオンライン動画も制作するなど、企画が大きく育っていきました」と振り返る。

それほど強度のあるクリエイティブを生み出すに至ったのは、ベネッセとWhateverの、つまりマーケティングとクリエイティブの高度な連携の賜物。そのポイントを、「企画」「設計、制作」「効果測定」という広告プロジェクトのプロセスに沿って、各プロセスで問題が生じやすい「目的のすり合わせ」「委託先とのコミュニケーション」「広告クリエイティブの効果測定」などの具体的なテーマを取り上げながら、クリエイターと広告主が最良のクリエイティブを共創するための実践的な手法について明らかにしていった。

クリエイティブ制作フロー

①企画フェーズ
【ポイント】クリエイターの力を最大限に引き出すための“柵”をつくる

広告の企画段階における課題として、兵藤氏は「広告主のブリーフィング(オリエンテーション)を受けたクリエイターからの提案が“アイデア先行”になっているケースが少なくない」ことを挙げる。

Whateverがそうだというわけではないと前置きしつつ、「数多くのアイデアを出してもらえるのはありがたいですし、面白いのですが、キャンペーンの目的や、その広告主ならではの良さをきちんと考えてくれているかというと……疑問を感じずにはいられないアイデアも、これまでにはたくさんありました」と兵藤氏。

“アイデア先行”になる原因は、クリエイターだけでなく広告主側にもあるのではないかというのが、兵藤氏の意見だ。自分たちのブリーフィングに立ち返ってみると、POD(Point of Difference:顧客にとって価値になる、ブランドの差別化ポイント)を正しく認識・言語化できていない広告主が多いと話す。

「特にUdemyは、販売から購入まですべてオンラインで完結するため、直接お客さまの顔を見たり声を聞いたりする機会がほとんどなく、お客さまとの距離が遠いのが実情です。よほど強く意識しない限り、N1(一人の顧客)がサービスのどんなところに価値を感じているのか知ることができないのが、PODを上手く設定できない一番の要因だと思います」(兵藤氏)

広告主のPODが何なのか、マーケターとクリエイターがともに考え、すり合わせることで、“アイデア先行”に陥らない企画が可能になるのではないかと兵藤氏は指摘する。

兵藤 ゆう子 氏

これを受け、川村氏はマーケターとクリエイターのコミュニケーションの取り方として、自身が心がけているポイントを説明した。

「まずは、広告の目的や求める成果、訴求したい商品・サービスの特長、求められるトーン&マナーなど、広告主の“スタート地点”を正しく理解すること。早い段階で丁寧にヒアリングを行い、オリエンの意図を正しく汲み取ることが重要だと思います。この初期設定を間違わなければ、提案内容がそれほど大きくズレることはないはずです」(川村氏)

その上で、コミュニケーションを積み重ねることでズレを埋めていく作業も不可欠だと話す。

「一見合意できているように見えて、実はズレが生じていた――人間同士ですから、そういう齟齬はどうしても発生するものです。ですから、広告主とクリエイターがフラットに会話し、『ここはこういうことですか?』と逐次確認できる環境は大切だと思います。兵藤さんをはじめベネッセチームとのやりとりはSlackで行っていて、質問したらすぐに答えてもらえるし、何か齟齬があった際も軌道修正しやすく、助かっています」(川村氏)

オリエンを含む初期段階のコミュニケーションで、広告の課題や目的、PODなどを明確にし、広告主とクリエイターできちんと共有することは、クリエイターのクリエイティビティを最大限に引き出すことにつながると川村氏。クリエイターを“野生動物”にたとえ、次のように話した。

「多くのクリエイターは常識にとらわれない発想をしたり、大胆な表現を考えたりするのが得意であることに加え、『面白いものをつくりたい』という強い欲望を持っています。それゆえ、ともするとあるべき方向性から外れてしまいがちな一面もあります。そんなクリエイターという野生動物を御すための、『この範囲内であれば、どれだけ暴れまわっても大丈夫』という“柵”を設定する。つまり課題設定を適切に行うことが、優れたクリエイティブを生み出すためのポイントの一つではないかと思います」(川村氏)

初期段階のコミュニケーションについて、モデレーター・平尾氏から投げかけられた「売上や会員数といった数値目標を提示されるのを好まないクリエイターもいれば、そうした目標があったほうがやりやすいというクリエイターもいる。広告キャンペーンに明確な数値目標を掲げることについて、川村さんはどう考えるか?」との問いに対しては、「あくまで目標であり、必ず応えられるかはわかりませんが、そういう目標があっても全然いいと思う」と川村氏。

「ブランド認知度を上げたり、購買行動を喚起したりといった効果につなげるための“秘密のレシピ”って、あるようでないものです。できる限りのノウハウは盛り込みますが、そういう細かい調整よりは、骨太なクリエイティブアイデアのほうが大事だと思います」(川村氏)

広告は、基本的に集中して見てもらえるものではない。小手先のテクニックよりも、シンプルで強い芯のあるアイデア、そしてそれを届ける魅力的な技術力・ストーリーテリング力が重要だと強調した。

川村 真司 氏

②設計・制作フェーズ
広告主とクリエイターが直接つながる環境をつくる

兵藤氏も、Udemyのブランディングキャンペーンの成功の鍵として、広告主とクリエイターの密なコミュニケーションがあったことを改めて強調する。

「先ほど川村さんがおっしゃったとおり、ベネッセとWhateverのやりとりは基本的にSlackで行っています。クリエイティブパートナーと、これほどまでに頻度・濃度とも高くコミュニケーションをとるのは初めてのこと。社内メンバーと同じくらいの感覚で連絡をとっていますね」(兵藤氏)

過去に上手くいかなかったプロジェクトを振り返ってみると、これとは対照的に「広告主側から、広告会社やクリエイターの仕事が見えづらい」ことが、その要因の一つだったのではないかと兵藤氏は分析する。

「これまで、広告会社とのコミュニケーションは、営業やディレクターなどフロント担当とのやりとりがメインでした。その先のクリエイティブの仕事は、広告主側からはほとんど見えず、何をどんなプロセスで進めているのかまったくわからないと感じることが多々ありました。見えない・わからないから、『なぜこんなにズレてしまうんだろう?』『なぜこんなに時間がかかるんだろう?』と疑問や不満が湧いてくる。こちらが無理を言ってしまっているのかもしれないし、伝え方が悪いのかもしれないけれど、改善の糸口がつかめない。この不透明さが解消できればもっと良い仕事ができる気がするのですが、尋ねてはいけないような雰囲気もある気がしていて(笑)。勝手な思い込みもあるのかもしれませんが、ここがもっとオープンになれば…という思いはずっと前から持っていました」(兵藤氏)

兵藤 ゆう子 氏

また、クリエイティブとメディアバイイングの分断にも課題を感じていると兵藤氏。Udemyのプロジェクトでは、ベネッセからWhateverに委託しているのはクリエイティブのみで、メディアバイイングは別の広告会社に委託している。そして、コミュニケーションは常にWhateverとベネッセ、メディアバイイングの会社とベネッセの間で行われており、三者が一堂に会したことは、実はこれまでに一度もないのだという。

制作と出稿は本来ひと続きのものであり、一緒になってキャンペーンをつくり上げ、改善策を検討していくべきという認識はある。しかし、「なんとなくですが、一堂に会してコミュニケーションをとるのは“ご法度”な気がして、広告主としてどうつないでいいのかわからないまま、現在に至っています」(兵藤氏)とのこと。

平尾氏は、兵藤氏のこの課題意識を受け、過去のBMCのイベントを次のように振り返った。

「まさに、BMC発足の核心を突くようなお話ですね。過去のイベントで、BMCの理事を務める日本テレビ放送網の黒崎太郎さんも、マーケティング業界の“ご法度”を感じることがあるとおっしゃっていました。メディア側は、広告主にとって魅力的なメディアプランをつくるために、もっと広告主と直接話したいと考えている。しかし、広告会社を介さずにメディアが広告主と話すことを良しとしない雰囲気が、何となくあるような気がすると…。兵藤さんのお話を伺って、こうした分断を超え、広告・マーケティングに関わるプレイヤーがそれぞれ直接コミュニケーションをとることが重要なのではないかと、あらためて思わされました」(平尾氏)

広告主が、営業やディレクターだけでなく、クリエイティブを実際に考え生み出すクリエイターと直接コミュニケーションをとることについて、川村氏は「まったく抵抗はない」ときっぱり。

というのも、川村氏が立ち上げに携わったPARTYとWhateverはいずれも、「広告主とクリエイターの間の中間者を少なくしたほうが、アイデアの強度を保ったままクリエイティブを形にできる」という考えの下で設立した経緯がある。

「Whateverでは、いわゆる“営業担当”を置かず、アカウントマネジメントを兼務するプロデューサーがクリエイターとタッグを組む体制をとっています。このほうがコミュニケーションはスムーズですし、『社に持ち帰って検討』することも減り、プロジェクトの進行スピードが4倍くらい早くなる感覚があります。広告主と直接話し、クリエイターが細かいニュアンスや事の重大さを含めてプロジェクトを把握することは、メリットが大きいと思います」(川村氏)

広告主とクリエイターが直接コミュニケーションを取りづらい状況があるとすれば、それは広告会社の構造的な問題に起因するところが大きいと思われるが、その問題は一朝一夕には解消しづらい。

また、自社のプロジェクトに合ったクリエイターを個別に選定・発注する難易度の高さなど様々な事情から、あらゆる関連業務を総合広告会社に一括で委託するのが現実的・効率的と考える企業も少なくないだろう。

その実情を踏まえた上で、理想的なあり方としては「広告主が自らリサーチし、自社が依頼したいクリエイターを見つけて発注すること」と川村氏。

世に出た広告・キャンペーンの中で「これは好きだな」「こんなコミュニケーションを自社でも実現してみたい」と思うものがあれば、クレジット(スタッフリスト)を見て、依頼するクリエイターにアタリをつけておくのもおすすめだと話した。

 

③効果測定フェーズ
効果測定・検証が、マーケター・クリエイター・広告会社の連携の鍵になる

 
広告プロジェクトの「効果測定」フェーズについて、兵藤氏は「事前調査も事後検証もできていない」と明かし、強い課題感を示した。
 
「事後検証については、CMを放映したエリア/していないエリアでの売上の差や、Webサイト流入数の変化などは見ていますが、クリエイティブの評価はまったく行っていません。本来は、売上の伸び率はそれがベストなのか?CMのどんな点がお客さまに評価されたのか?改善すべきポイントはどこか?など検証して、次につなげる必要があることはわかっているのですが…」(兵藤氏)
 
その要因には、社内に効果測定・検証を行う習慣・文化があまりないこと、そこに割く時間・予算が潤沢でないことなどが挙げられるという。また、それを問題と認識し、声をあげる人も社内にはほとんどおらず、優先順位を上げて取り組むのは容易ではなさそうだと話す。
 
平尾氏によれば、クリエイティブの効果測定を適切に行い、施策の改善に活かすことができている企業は少なく、「クリエイティブの効果を定量的に評価できる」こと自体を知らない企業もまだまだ多いという。
 
しかし、この効果測定・検証にこそ、マーケターとクリエイターの分断を解消する鍵があるのではないかと平尾氏は考えている。
 
「マーケターとクリエイター、そして広告会社がボーダーレスに連携して動くことができているケースを見ると、KPIを共有できていることが多いんです」(平尾氏)
平尾喜昭氏

具体的には、広告主とクリエイティブエージェンシー、メディアエージェンシーが目標およびその達成状況を数値で共有して並走しているパターンもあれば、広告主とクリエイティブエージェンシーが連携して企画・戦略を考えてプロジェクト全体をオーガナイズし、メディアエージェンシーに発注をするというパターンもあり、やり方は様々だという。

マーケターとクリエイターが、数値目標という共通言語を持ち、頻度・濃度高くコミュニケーションをとりながらアイデアを形にしていき、結果も一緒に受け止めて改善につなげていく。そんな“ワンチーム”を構築することができれば、生み出されるクリエイティブの精度はより一層高まり、業績貢献度の高い広告・コミュニケーション施策が増えていくことが期待できる。

Udemyのブランディングキャンペーンも、兵藤氏と川村氏のタッグよって、今後ますますパワーアップしていくに違いない。

ラボ グループワーク

セミナー後に行われた第2部の「ラボ」では、過去のイベントアンケートで、会員から「会員同士のコミュニケーションをより活発に行えるようにしてほしい」との意見が多く寄せられたため、会員同士で交流できるグループワークの時間を設けた。
 
今日のテーマに関して、実務において課題に感じている点や、今後のクリエイティブ制作に活かしたいと感じた点、セミナーを聞いて登壇者に質問してみたいことなどを、いくつかのグループに分かれて議論した。

ラボ 質疑応答

グループワークの後の質疑応答では、イベントに参加した会員からさまざまな質問が寄せられ、登壇者と意見交換を行った。ここでは、会員から寄せられた質問の一部を抜粋して掲載する。

「テレビCMを流すメリットとして、①商品認知度の向上・②購買意欲の喚起・③商品(サービス)に対する信頼性を高められることが挙げられると思います。③については、効果測定しづらいと思いますが、どのような指標で測定できますでしょうか?」

「戦略でアウトプットの方向性を絞った後に、クリエイターやデザイナーに形にしてもらう上で、マーケター(戦略練る)側が気を付けるべきことは何でしょうか」

「“クリエイティブ”というワードを出した瞬間から、右脳的かつ、抽象的なものだと思われがちです。企業様の特にマーケティング責任者の方、経営層の方々に『クリエイティブ』の不可欠性を理解していただくために行なっているアプローチや工夫などがあれば具体的な内容をお聞かせください」