ディノス・石川森生氏が実践する、マーケティングで成果を出すために、社内を巻き込む「感情」と「構造」両面からのアプローチ

広告主、メディア、広告会社、クリエイティブ、アカデミア。それぞれ異なる専門性を持つプロフェッショナル同士の交流と議論を生み出し、分断のない全体最適なマーケティングの実現を目指すBORDERLESS MARKETING COMMUNITY(BMC)。そのコミュニティの会員が一堂に会する第5回イベントが2022年11月21日(月)にオンラインで開催された。

イベントは、各領域の有識者が登壇する「セミナー」と、登壇者と参加者双方向のコミュニケーションを通じて実践的な知見を創出する「ラボ」の二部構成で行われた。本記事では、セミナーの内容の一部をレポートする。

第5回BMCイベント登壇者

【登壇者】

石川森生(いしかわ・もりう)氏
株式会社DINOS CORPORATION CECO(Chief e-Commerce Officer)

SBIホールディングス入社後、SBIナビ(現ナビプラス)の立ち上げ。その後、ファッション通販・マガシークでマーケティング責任者としてサイトリニューアルやサイト改善、PDCA確立、広告、CRM最適化、海外の最先端ソリューション導入を推進。その後、タイセイのWEB部門を分社化し、お菓子作り・パン作りのECサイトを運営するTUKURUを創業。2016年2月に株式会社DINOS CORPORATION入社、現在に至る。

 

※モデレーター

平尾喜昭氏
株式会社サイカ 代表取締役社長 CEO

 

どんな規模・業種の企業でも成果を出す、石川森生氏の秘密に迫る

5回目を迎えたBORDERLESS MARKETING COMMUNITY(BMC)の定期イベント。今回のセミナーに登壇したのは、特に「デジタルマーケティング」や「ダイレクトマーケティング」の領域において、その名を知らぬ者はいないというほどの実績の持ち主である、DINOS CORPORATIONのCECO(Chief e-Commerce Officer)石川森生氏だ。

BMC理事の平尾喜昭氏は、今回のセミナーに石川氏を招いた理由として「複数の企業でマーケティングに向き合い、組織変革を牽引してきた」という同氏の経験を挙げた。

「マーケティング活動を行う上で課題に挙がることが多いのが『組織の壁』です。規模や歴史、業種、事業の成熟度などが様々に異なる企業を経験してきた石川さんであれば、あらゆる企業に共通する課題の在処とその解決方法についてヒントをいただけるのではと思ったんです」(平尾氏)

歴史あるカタログ通販ブランド「ディノス」を展開するDINOS CORPORATIONにおいてアナログ/デジタルを融合した顧客体験を構築し、業績向上を実現したことで知られる石川氏。しかしそれ以前から、SBIホールディングスでEC事業者向けサービス「SBIナビ(現・ナビプラス)」の立ち上げおよび営業統括、ファッション通販サイト「マガシーク」のマーケティング部門責任者、製菓・パン材料のECサイト「cotta」を運営するTUKURUの代表取締役社長と、様々な規模の企業で責任ある立場を歴任し、デジタル推進・マーケティング推進によって業績に貢献してきた。

現在は「ディノス」の業務と並行して、D2C家具ブランド「KANADEMONO(カナデモノ)」を立ち上げたり、日本最大の部屋のインテリア実例共有サイト「RoomClip(ルームクリップ)」と連動したソーシャルコマース「RoomClipショッピング」のグロースを指揮するなど、様々な企業のEC/マーケティング支援も手がけ、常に最先端事例の中心にその身を置いている。

このように実に多様な組織でデジタル推進・マーケティング推進を担う中で、幾度となく「組織の壁」という課題にぶつかり、そのたびに乗り越えてきた石川氏。今回のセミナーでは、その過程で見出した、あらゆる組織において通用しうる、再現性ある課題解決のポイントを明かした。

 

「感情」と「構造」―立ちはだかる2つの課題と向き合う

どんな企業であれ、マーケティングを推進するにあたっては、営業・企画・開発といった他部門や、経営陣との合意形成が不可欠だ。社内の様々なステークホルダーをいかに巻き込むかについて、BMC会員でも課題感を持つ人が少なくない。

社内の巻き込みにおける課題は「感情」と「構造」の大きく2つに分けて考えることができ、両者が複雑に絡み合っているケースが多いという。

「乗り物が大きければ大きいほど、つまり規模の大きな企業ほど、“慣性の法則”が強く働く傾向があると思います。商慣習やブランドフィロソフィー、ワークフローをはじめとする社内ルールなど、既存のものを変えたくないという心理は、想像以上に根強いものです」(石川氏)

変化に対して躊躇・抵抗するのは人間の性。また、連綿と受け継がれてきたルールや仕組みを所与のものと捉えて、疑問を呈したり否定したりする習慣がないことも多い。多くのステークホルダーが当然のように信じている事柄を、後から入ってきた第三者が「そもそもこのルールは必要でしょうか」「もっと合理的な方法があるはずです」などと無遠慮に指摘すれば、社内から猛反発が起こるのは必至だと石川氏。そんな「感情」の問題に、もう一つの「構造」の問題が絡み合うことで、事態はますます複雑になる。

「はるか昔につくったワークフローや評価制度に、組織が最適化されてしまっているケースはとても多いです。その沈滞した変えにくい『構造』に、変えたくない『感情』が絡んで、変革を実現しづらい状況が生まれるのだと思います」(石川氏)

平尾氏も「『うちの会社はちょっと特殊なので……』―新しい試みをご提案すると、開口一番にそうおっしゃる企業は少なくありません。これまで積み上げてきたものを守りたいという思いが働いているのを感じますね」と、多くの企業に「変えたくない」という感情が存在することに同意した。

変えたくない「感情」をクリアしないことには、変えにくい「構造」にメスを入れることは難しい。石川氏は「感情」をクリアすることの難しさを、自身の経験を交えて次のように話した。

「『こんなふうにしたら、もっと上手くいくと思いませんか?』みたいな話は、1対1だと大抵とても盛り上がるんです。ところが、いざ変革を進めようと具体的な話を始めた途端に、それまでの盛り上がりが嘘のように、まるで潮が引くようにトーンダウンしてしまう。そういうときに、変革を阻むのは特定の個人ではなく“組織”なのだと改ためて実感しますね」(石川氏)

いかにも“大手にありがち”な話にも聞こえるが、これは規模を問わずどんな企業にも共通する“あるある”なのだという。

「2018年に創業した家具のD2C・KANADEMONOでも同じようなことが起こりました。創業から2~3年が経ち、初期につくったワークフローがベストではなくなったのですが、創業当初からいるメンバーは『このままで問題ないはず』と信じて疑わず、変えるのに意外と苦労したんです。前提を疑うのが、組織にとっていかに難しいことなのかを痛感しました」(石川氏)

石川森生氏

衝突・摩擦を緩和するカギは、組織の「これまで」に敬意を持つこと

「感情」と「構造」のうち、石川氏は「感情」のケアから着手することが多いという。具体的には、その企業の仕組みや実績の中に“共感できるポイント”を見つけ、それを関係者に言葉で伝えることを大切にしている。

「例えば2016年に入社する際、私に与えられたミッションは『カタログ通販事業のDX』でした。でもそこに、これまでのカタログ通販事業を否定する意識はまったくありませんでした。というのも、カタログ通販の売上は2016年時点で約1000億円。そんな規模の事業を、自分でゼロからつくれるかと問われると自信がありません。これまでこの会社はそれだけの偉業を成し遂げてきたのです。そんなふうに自然に沸き起こってきたリスペクトの気持ちを『ここが当社のすごいところですよね』と口に出して伝えるようにしています。“テクニック”のように聞こえるかもしれませんが、無理やり褒めているのではなく、ピュアな気持ちでやっていますね」(石川氏)

石川氏は、「構造」を理解するための情報収集・整理を目的に、まず社員にヒアリングを行うのだという。過去の仕組みや実績をひと通り棚卸しする過程で、こうした「感情」のケアを行うことが多いと話した。

「感情」のケアを優先的に行うことについては、平尾氏も強く同意する。

「お客さまと会話をする中で『過去のこういう成功体験が、現在に活きているんだ』という発見をすることが多いです。過去の成功体験と、それを支えた既存の『構造』をまずは認めることで、『感情』に寄り添うことができますよね。創業者をはじめ、既存の『構造』をつくった当事者が現在も組織内にいる場合は、『本来はこういう意思を持って、この構造をつくられたのではありませんか?でも今、ちょっと捉え方を間違えられていて、もったいない状態になっていませんか?』のように投げかけると、耳を傾けていただきやすい気がします」(平尾氏)

石川氏は、それに加えて「成功のイメージを共有する」ことを大切にしているとも話した。

「どうせ食事をするなら、生命維持のために栄養補給するだけでなく、旨いものを好きな仲間と一緒に食べたい。仕事も同じだと思うんです。『あなたたちのビジネスアセットは、こんなふうに使えばこんな面白いことができるし、世の中にこんなインパクトを起こすこともできるよね』と盛り上げ、成功のイメージを共有しています。ちょっとシラけ気味のメンバーでも、『どうせなら旨いものを楽しく食べたほうがいいよね』という感覚にはわりと共感してもらえます」(石川氏)

「構造」にメスを入れるにあたっては、まずは評価制度に気を配ると石川氏。例えば入社した当初、石川氏のミッションは「カタログ通販事業のDX」、つまりは「ECの売上を伸ばす」ことだった。しかし、そこで「ECの売上」をKPIに設定するのは避けたという。

「ディノス」には2000年からECが存在していたが、売上は「カタログ売上」「テレビ売上」の2つで構成されており、「EC売上」は定義されていなかった。ECはあくまで売り場の一つと位置づけられており、ECからの注文でもカタログがきっかけであれば「カタログ売上のEC受注」という形で処理されていたのだ。

石川氏の立場からすれば、すぐに「ECからの売上」を定義し、その売上増を追いかけたくなるところだが、そうすればカタログ通販部門とテレビ通販部門という既存部門とのハレーションが起こるのは火を見るより明らか。「Webの専門家が自分たちの売上・仕事を奪いに来た!」と思われても不思議ではない。

「カタログ、テレビに次ぐ第三の売上として『EC売上』を打ち立てるのはやめて、『カタログやテレビの売上を伸ばすために、デジタルを活用しましょう』という入り方を選びました。そうすれば、ECは既存部門の売上を奪う存在ではなくなります。現場メンバーもマネジメント層も、私たちと一緒に動くことが自分自身および自分のチームの評価につながるのだと理解してもらうことに努める。社内を上手く巻き込み、スピーディに変革を進めていく上では欠かせないことだと思います」(石川氏)

このようにまずは協力体制をつくった上で、次に石川氏が手をつけるのは「無駄を削る」ことだ。なぜ「無駄を削る」ことの優先度が高いのかというと、それが最も早く結果につながりやすいからだという。

変革の効果を最初に実感できるまでの時間を、どれだけ短くできるかが勝負です。さんざん講釈を垂れておいて『成果が出るのは2年後です』では、皆の熱量がもちません。小さくてもいいから、『変えて良かったね』と思える成功状態を数か月間のうちにつくり出すことが大切だと考えています。そのためにも、まずは“打てば響く”ポイントを素早く打つ必要があります。マーケティングやデジタルによる変革を推進する人材には、そのポイントを嗅ぎ分ける嗅覚が求められますね」(石川)

石川森生氏

シンプルな“言霊”が組織を動かす

特に、広告主企業に勤めるBMC会員の中には、経営層や他部門など、社内のステークホルダーを巻き込むためのコミュニケーションに課題を持つ人が多い。

石川氏がステークホルダーとのコミュニケーションやプレゼンテーションにおいて意識していることの一つに、「同じことを言い続ける」というのが挙げられるという。

「現場メンバーとマネジメント層では、まずはマネジメント層との合意形成に動くことが多いです。そこで気を付けているのは『同じことを言い続ける』ことです。組織変革が上手くいくときには、特定のシグナルが発現します。それは『もともとは私が言っていたことを、相手が(まるで自分が考えたことのように)自分の言葉で話し出す』という状態。そうなるまで、同じ言葉をひたすら刷り込みます。すると、目的意識や取り組みの意義が“言霊”となって、相手の心の中に入っていくんです」(石川氏)

平尾氏も、マーケティング成功の秘訣はいかにシンプルに考え実行できるかだと話し、石川氏の言葉に賛同する。

「成果を出せる人は、自分たちの組織のためにやるべきことを、一つの理論・一つのテーマに上手く収斂させることができているケースが多い。マーケターとして名の知れたでも、課題やその解決策を複雑にしすぎて、周りを上手く巻き込めず、結果を出せない人は意外と多いように思います」(平尾氏)

そしてもう一つ、石川氏が心がけているのが「情報を外から入れる」ことだ。今回のセミナーを含めた外部のイベントやカンファレンスに登壇するのも、各種メディアの取材を受けるのも、社外向けの情報発信はもちろん、社内向けのコミュニケーションを意識してのことなのだという。

「外部メディアで『ディノス』のデジタル推進の取り組みが記事になると、社内のメンバーの目には『石川がやっていることは、社外の人から評価されている』と映ります。私が言っていることが、外部から“お墨付き”をもらえているように感じられる効果があるんです。社内に向けて直接10回訴えかけるより、外部メディアで取り上げられた記事を1回見てもらうほうが、ずっと効果的だと感じています」(石川氏)

なぜ石川氏は、規模や業種を問わず、どんな企業でもデジタル推進・マーケティング推進を成功させることができるのか。それは、ステークホルダーを理解し、ステークホルダーが前向きに取り組みやすい状況をごく自然につくり出していることの結果に他ならない。

これは、顧客を理解し、顧客が商品・サービスを買いたくなる、あるいは使い続けたくなるような体験を創出する、マーケティングの仕事に似ている。組織変革こそ、マーケティングそのもの。成果を出せるマーケティング人材になるためには、組織を動かす能力を身につける必要があると言えそうだ。

第5回BMCイベント登壇者

第2部「ラボ」にて、参加者から寄せられた質問

セミナー後に行われた第2部の「ラボ」では、イベントに参加した会員からさまざまな質問が寄せられ、登壇者と意見交換を行った。ここでは、会員から寄せられた質問の一部を抜粋して掲載する。

「“人の感情の手当て”についての工夫点をお聞かせください」

「ネガティブな思考者やブロッカーを突破するためにテクニックがございましたら、ご教示ください」

「他部署を巻き込んでMTGすることは実行できますが、自分自身がある程度MTG参加し続けなければプロジェクトが進みづらい状況があります。他部署を巻き込みつつも手離れ良く各チームに任せきるコツやポイントをお伺いできますでしょうか」

「他部署を巻き込むことが得意ではないクライアント企業を、代理店サイドからサポートできることは、ございますでしょうか?」

「リモートワークのため、対面で会う機会が少ない場合の“他部署の巻き込み方”について、ポイントをご指南いただけますでしょうか」